何が出来るか!
今日は、午前午後と二つの理事会に出た。午前は、我々の関わっている事と全く畑違いの分野のように思えることが、我々の業界に及ぼす影響を最小限にするにはどうすればいいか、ということを話し合った。昨年の秋頃から降って湧いたような話で、みんなで右往左往したが何とか方向性が見えてきた。ちなみに、畑違いの分野のように思えることとは、「保険業法の改正」である。発達障害が生涯を通しての支援が必要である、ということを改めて実感した。
さて、午後の理事会は予定より30分ほど延びた。デリケートな内容が殆どなので内容はまたいつか・・・。夕食は久しぶりに外で一人で食べた。新橋の「一平」というおでんやさんで食べた。10年ほど?前は、大通りに面した角にあったのが、其処はマクドナルドになっておりその地下に移っていた。おでんの老舗であったはずなのだが、おでん以外のメニュー(串焼き、串揚げ、蕎麦など)が増えており、すこし寂しく感じた。
いつもこのブログを訪問していただいている「ぴーまん」さんのブログに、「何が出来るか?」という事が書かれてあった。私もよく考えることである。しかし、この言葉で考えようとすると迷ったり堂々巡りになったりすることが多い。以前、何故そうなるのかを考えたことがある。英語に直してみて、ハタと思った。「出来る」は「do」であり、これは全ての?動詞の代わりとなるものである。つまり、「何が」という事が既に非常にたくさんの選択肢があるのに加えて、「出来る」も非常にたくさんの選択肢を示している。同時に考えると混乱するわけである。だから、出来るだけそのように思ったときは、例えば「何が必要か」「○○が出来るか(この場合の「出来るか」は、必然的に「do」ではなく、「○○」に合った何らかの動詞となる)」などと考えるようにしている。又、「何が」を大きな目標を思いついたときには、それをするには何をすればいいのかをできるだけ小さな目標に変える様にしている。それと、その事が「自分にとって可能かどうか」は考えないようにしている。なぜなら、それはやってみなければわからないからである。
しかし、人生はままならぬ事が多い。だから面白い(と最近思えるようになった)。
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コメント
日本語の曖昧な表現から、英語の具体的な表現に変換することは、視点の転換になりますよね。
ついでに、そのことをするには、どういう順序でしたらよいのか、フローチャートを書いたりします。
USの友人曰く;
"Greatness is earned - not given."
投稿: RAM | 2006年2月25日 (土) 23時55分
記事にまでしていただいて、本当にありがとうございます。
>その事が「自分にとって可能かどうか」は考えないようにしている。なぜなら、それはやってみなければわからないからである。
自分の中に(底に)秘められている「可能性」を大事にして生きたいと思います。
RAM様
>そのことをするには、どういう順序でしたらよいのか、フローチャートを書いたりします。
参考になりました。
>"Greatness is earned - not given."
先ずは、この意味から調べているぴーまんでした^^;
投稿: ぴーまん | 2006年2月26日 (日) 00時19分
一人では出来ないことも、2人なら、家族なら、仲間なら、出来ることがたくさんあります。何かをしたいと思ったら、まずはそれを周囲の人に話してみることが大事です。
投稿: オニオン | 2006年2月26日 (日) 16時40分
RAM様
フローチャートは大好きです。私の書く職場の書類は、絵や矢印が山のようにあります。
ぴーまん様
大丈夫です。私もわかりません。Yahooで翻訳すると「大きいことはかせがれます - 与えられません」。niftyで翻訳すると「巨大さは得られます—与えられませんでした」。私が翻訳すると「与えられるモノではなく、自ら得るものだ」かなぁ???
オニオン様
今日から、まずはオニオンさんに話すことにします!!!!?
投稿: 虎右衛門 | 2006年2月27日 (月) 21時25分
>「与えられるモノではなく、自ら得るものだ」
かな~?と、私も思っていました^^;
オニオン様
>まずはそれを周囲の人に話してみること。
話す相手を厳選中です。学期末のバタバタが終了したら、とりあえず、難病支援センターにアポを取り、現時点での支援の状態を伺おうと思っていま~す。
投稿: ぴーまん | 2006年2月28日 (火) 09時40分